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ゴリアテ | アニメ・ゲームブログ

アニメ・漫画・ゲームのレビューやグッズ等の紹介をしているブログです。メジャーなグッズから知られていないものまで幅広く取り扱っています。

ミニマリストを続けた者の末路

小話

最近ブログをはじめてミニマリストというのが流行っていることを知った。

ミニマリストとは要するに所有しているものを最小限にとどめ無駄なものは買わず質素な暮らしをすることで精神的充足を求めるらしい。

 

それならば私もつい最近までミニマリストであったと思う。引っ越してから3年間意識せずミニマリストであった。

 

当初、私はいつ引っ越しても大丈夫なように所有物は最小限にとどめていた。食べものも自炊をメインに無駄なものは食べず質素な暮らしをしていた。

 

うちにはドライヤーや洗濯機といったものはない。風呂だってシャワーのみで済ませる。洗濯は手洗いだ。夜は明かりもつけないし鞄もあるものを再利用して使っていた。

車だって持っていない。そんなものは自転車で十分だ。友人も最小限にとどめた。ほとんど合わないような関係性ならむしろ害悪だ。付き合うのは家族と最低限の友人でいい。普段の生活は孤立無縁。私は部屋に引きこもった。

部屋に招待された友人からは3年使った部屋を「引っ越してすぐの部屋みたい」と言われた。

 

好きなものもいくつか封印した。仕事のために大好きなグッズ集めやゲームもやらなくなった。精神的充足を他のものに求めるべきだと思ったからだ。世間からみればオタク趣味の女なんてマトモじゃない。質素倹約を行うことでもとある正しい20代女性の姿を取り戻そうと思ったのだ。

 

そうして好きなことも楽しいことも辞め、無駄なものを省き、恋愛感情を封じ食事を最低限にとどめた結果、私の感情はいつしか無味乾燥のつまらないものになった。

 

何をしても楽しくない、好きなことを好きと思えない。全てに対して興味を抱くこともなくただ会社と家を往復する日々。機械のように与えられた動作だけを反復する。それはひどく退屈で辛いものだった。人間ではなくパソコンやロボットと同じだ。仕事をするためだけに必要な機械。社会人として正しい私を、人間としての私が否定した。そんな生き方は嫌だと、機械が軋みをあげるように私の心が悲鳴をあげた。

 

私は私自身の言葉で私の感情を否定したのだ。

私が私にとって必要ないと判断して封印したものは私が今まで好きだったものだ。

感情を失って当たり前だ。

 

それから私は感情を取り戻すべくミニマリストの生活をやめた。とにかく好きなことを最大限楽しもうと思った。今まで欲しかったものを好きなだけ購入した。無駄なものもたくさん買った。好きなことは好きだと自身の言葉で肯定した。

 

今では昔よりも私の心はずっと満たされている。 

愛することも憎むこともかつてよりずっと自由だ。

楽しいことを楽しいと感じられるというのはとても幸せなことなのだ。

人間関係にしたってそうだ。人は閉鎖的に人との関係を締め出せば感情を失う。感情を持った人間といることで自身にも感情が宿るということはあると思う。

 

今の私は社会人としては失格だ。だから仕事をする人はミニマリストになるべきだと思う。

私は精神的に未熟だったから感情をなくすことに耐えられなかった。でも利益と損得勘定に縛られた「大人」を続けられている人なら感情をなくすことによって得られるのはメリットだけだ。

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