ゴリアテ | アニメ・ゲームブログ

DeadbyDaylightの攻略や解説やネタ記事。アニメやゲーム等の紹介をしているブログです。

渋谷のハロウィンから覗く日本の不寛容社会と暗黒面

f:id:tableturning:20181029080507j:image

渋谷で賑わったイベントハロウィン。今年2018年10月、渋谷のハロウィンでは暴力、性犯罪、盗撮など数多くの犯罪が闊歩する世紀末と化していた。

 

犯罪者がわざと人の多い祭りを狙い犯罪を行うのは勿論、今回は見た目ごく普通の一般人も軽トラを横転させるなどの暴力事件を大人数によって引き起こした。

 

なぜこのような事件が起こったのか、世間では大衆の民度や教育不足を上げるが私は日本人特有の閉鎖的且つ保守的な国民性がそうさせてしまっているのだと思った。

 

日本人は日本に生まれた瞬間から、他人に迷惑をかけないことを絶対とされている。日本に生まれ落ちた赤子は、生まれた瞬間から静かでいい子であることを絶対視され、泣くことを許されない空気の中育つ。

病院に行くために乗らなければいけない電車では赤子が泣けば鬼の目つきをした大人たちが睨んで怒号を飛ばし、公園で子供たちが元気よく遊べば近隣の老人たちから子供の嬌声がうるさいと苦情をつける。そして公園には子供が立ち入り禁止になるかもしくはボール遊びなどが禁止になり遊具が撤去される。

ならば自宅ではどうかというと、マンションの夜勤明けの住民から子供がうるさいと苦情が入り。最近では子供禁止のアパートが多く出回っている。子供はペットと同様に迷惑な存在になっているのだ。実際、表参道で児童相談所を立てようとしたらひどい反対運動が起きた。それくらい日本人の子供に対する風当たりは冷たくなっている。

 

日本人は赤子のころからはしゃいだり泣いたりすることが許されない。厳しい大人たちの風当たりの中、生き残るには遊ぶことを我慢して良い子でいなければいけない。そんな抑圧された精神は大人になって束縛が解かれた瞬間、問題を起こす。どんなに教育を受けていても、勉学ができても湧き出た邪悪な思念はなくならない。

 

常に勉学に励み、良い子で居続けた結果、大人になってからその反動が現れ、祭りに都合をつけてかつて満たされなかった童心を満たそうとするようになったのだと思う。いい年した大人が子供のように無邪気なだらしない顔をして騒いでる様子を見るたびに思う。

 

だが子供の遊びと大人の遊びは違う。子供の純粋な遊びと、風俗、ギャンブルに暴力等の紆余曲折を得てして暗黒面が強調された遊びはその本質がまったく違う。

 

それら暗黒面が強調された遊びが多数によって実行された結果、渋谷のハロウィンのような暴力と淫交まみれた邪悪な遊びが行われてしまったのだ。幼い頃できなかったいたずらは大人になってから歪んだいたずらとなって発散される。だから彼らはハロウィンが好きなのだ。子供の頃のできなかったいたずらを公然とできるのだから。それらは日本人特有の閉鎖社会、自己責任論、不寛容社会が生み出した社会の泥なのかもしれない。

 

ハロウィンを通じ日本が抱える日本人特有の問題点が垣間見えた気がした。

 

そして今日も私は社会の泥にまみれた都会の街へ出勤する。通勤経路がゴミにまみれていないか不安である…。