ハニーシャが我が家に来たのは15年前でした。里親の募集を見て電話で問い合わせ、その家に行きました。たくさんの子猫がいました。その中で自ら私のヒザに乗ったのがハニーシャでした。
まだ小さいハニーシャを運んで自分の家に帰りました。ハニーシャは初めて見た私の家を自分の家かのように闊歩していました。
昔買っていたメス猫の名前をもじってハニーシャとつけました。
そのあと、アーサーがきてふたりは兄弟のように育ちました。一生のなかでほとんどの時間を家の中で過ごしました。
ハニーシャはテレビが大好きな子でした。Youtubeが流行ると動画も大好きになりました。毎日母と一緒にテレビの前に座って動画やテレビを見るのです。特に好きなのは白黒のハチワレ猫でした。自分が写ってると勘違いしているのです。
途中私が帰省してからは配信も大好きになりました。ニコ生主の配信を集中して見ることもありました。
私が動画を毎日撮影するようになるとカメラを構えてるだけで自ら映り込むようになり、常にハニーシャとアーサーが画角を争うようになりました。
動画がテレビで再生されると一心に見つめていました。私がダイエット用に毎日上げていたショート動画は猫だらけになりました。
そんな日がしばらく続いたある日、アーサーが亡くなりました。一瞬のことでした。老衰による突然死でした。
それからハニーシャも元気をなくしていきました。自分からご飯も食べなくなり水も飲まなくなりました。病院に行っても点滴を続ける治療しかありません。
しばらく口に介護食をつけてなんとか食べさせていました。それでも体重は減っていきます。
私は海外の「自分でご飯を食べられなくなったらそれは死ぬ時が来た」という考えを思い出しました。きっとハニーシャにとってその時が来たんだな、そう思いました。
私たちはハニーシャに長く生きてほしい。でもそれはエゴなのだと思いました。海外には天国という考えがあるから、ハニーシャも自分の寿命を知っていて食べない選択をしていたのかもしれません。
2日前、ハニーシャは寝たきりになっていました。お風呂場でぐったり寝て動きません。息が浅い、ああもう長くないんだなと思いました。お風呂ばにいるのは自分が弱っている姿を見せたくないからなのだと思いました。
その夜、ハニーシャの顔を見つめました。一緒に寝よっか。私は自分の寝室にハニーシャを連れて行きました。最後の時はひとりよりみんなと一緒にいようと思いました。
ハニーシャがまだ動けた日、マリアとハニーシャと一つのベッドで一緒に寝る時間がとても幸せだったからです。
配信が大好きな猫だったので配信をつけたまま寝ました。
「イケメン猫のハニーシャが危篤なの!?」
生主がでかい声で言うとハニーシャが起き上がってこちらを見つめていました。
その翌日ハニーシャはもう虫の息でした。私はその日有給を使い、仕事の連絡をすべて断ちました。最後の1日はハニーシャと一緒に過ごしたかったのです。
母が突然ハニーシャのトロフィーを庭に飾ったと言いました。墓標にするんだと。私は反対しました。ガラスでできたものです。盗まれるかもしれないし壊れてしまうかもしれない。それに対して母は「思い出すから見たくない」と。
険悪な空気の中私はトロフィーを取り返しました。あれはハニーシャとアーサーの生きた証です。たくさんの人がハニーシャとアーサーを応援してくれたんです。それを野晒しにされることが耐えられませんでした。
ハニーシャはもうほとんど呼吸していません。でも撫でると少しだけ息が大きくなります。手のひらを触るとぎゅっと握り締めます。
私はその日少しだけ配信をしました。ハニーシャは私の配信が好きだったから。
夜10時、ハニーシャはまだ生きています。
マリアを連れてきて「みんないっしょだよ」と話しかけました。
「みんなハニーシャのこと心配してたよ、元気になって欲しいって言ってたよ」
呼吸が大きくなる。指を握る力が強くなる。
マリアがハニーシャに寄り添い、配信をつけて眠りました。
そして今日の朝、ハニーシャは息を引き取りました。
手を握ってももう握り返しません。目は開いたまま。
ありがとう、ハニーシャ、アーサー。
最後の時間を一緒に過ごすことができました
そしてハニーシャとアーサーを応援してくれたリスナーさん、
たくさんの応援をありがとう。
この場にて感謝の言葉を申し上げます。
